小児喘息

私は物心ついた頃には小児喘息でした。
今ほど医療が進歩していなかったので、携帯用吸入器のようなものはなくて、一度発作が起きるとひたすら我慢するしかありませんでした。泣いたり、横になったりすると余計に苦しくなるので、本当に辛かったです。
何度も「死にたい!」って思いました。一瞬呼吸を止めるとちょっと楽になるのですが、ずっと呼吸を止めておくこともできず、死ぬこともできませんでした。
私は、心配性でネガティブな性格ですが、この小児喘息が少なからず人格形成に影響を与えたと思っています。

治療は月1回の減感作療法。薄いアレルギー物質を注射で身体に注入し、抗体を作ると言うものです。
でも、この療法、いま考えても効果はなかったように思います。この減感作療法、丁度小学校4年に進級するときに、父の仕事の関係で、別の土地に引っ越しました。それまでこの療法を受けていた病院に紹介状を書いてもらい、新しい土地の近くの病院に持っていったところ、「不要!」と言われ、減感作療法は小学3年生で終了しました。母は「紹介状を持っていく病院を間違えた」と言って怒っていましたが、私は月1回の注射から解放され、少し嬉しかった記憶があります。

その後も時々発作に襲われたのですが、中学生になって、(結構キツイ)運動部に入って体力がついてきたのか、発作の頻度は少なくなってきて、だいたい中学3年ぐらいで、発作は起きなくなりました。しかし、置き換わるようにアトピー性皮膚炎を発症して、やれやれと言う感じです。アレルギー性の病気って厄介なものですね。

スポンサーサイト

2018.02.22 | | コメント(0) | 日常生活

アトピー性皮膚炎

一時期アトピー性皮膚炎がけっこう話題になっていた時期があった。最近ではマスコミで取り上げられる機会は減っているように思う。

かく言う私もアトピー性皮膚炎患者だ。直腸がん手術の後遺症である排便障害、うつ、アトピー性皮膚炎という、どれも深刻な状況にさえならなければ日常生活は送れるものの、本人はとても苦しいし、この三重苦はQOLを大きく損ねる。何よりその時の度合いは違うものの、ほとんど四六時中痒いし、皮膚が荒れて痛いし、落屑があるし、この落屑と掻き傷の痕は人目が気になる。

私がアトピー性皮膚炎を自覚したのは、中学1年生からだ。かれこれ40年以上もこの不快な病気に苦しんでいる。30代の時は、ステロイド剤の使用方法を間違え(病院に行く時間がなくて、身体用の強いステロイドを顔に使ってしまった)、かなり酷い状況に陥った。皮膚科の病院だけではどうにもならず、いろいろなアトピービジネスに手を貸してしまった。各種サプリメント、ヒーリング、なんとか石をお風呂に入れるとか、いろいろ試したけれど、いずれも全くと言っていいほど効果がなかった。結局良い漢方医に巡り会い、2年ぐらいかけて漢方薬を服用し続け、どうにか日常生活を送れるまでに回復した過去もある。

歳をとるとアトピーが治ると言う風説もあるようだが、今のところその兆候はない。現在は、また手軽な西洋医学に頼り、保湿クリーム、ステロイド軟膏、プロトピック、抗アレルギー剤の服用でどうにか日常を送っている。どうにかならんかね。

2018.02.22 | | コメント(0) | 日常生活

日常(2018/2/21)

病院に行ってきました。がんの方じゃなくて、精神科の方。
3月から復職するかどうか悩みどころでしたが、結局もう1ヶ月静養することにしました。
もう2ヶ月も休んでいて、あともう1ヶ月休んでも仕事にはあまり影響がないと思われることと、
まだまだ、復職するのには自信がなかったからです。
3月の一ヶ月をかけて、4月からの復職の準備をしたいと思います。

振り返ってみると、会社を休み始めた頃、毎日ほとんど寝てました。何もやる気が起きず、
やらなければならないこともないので、ひたすら寝ていました。「消えてなくなりたい」とばかり
考えていました。「もう人生でやりたいことはない」と思っていました。私の誕生を喜んでくれた
両親も兄もいなくなった今、いったい誰のために生きればいいのかわからなくなっていました。
例えば、「明日の朝いつの間にか死んでいたらいいのにな」なんてことばかり考えていました。
それがだいたい1ヶ月ぐらい続きました。
お医者様からは、「好きなことをしてください」と言われたのですが、その「好きなこと、やりたいこと」が
全く思いつかないのです。

休み始めて1ヶ月を過ぎた頃、抗鬱剤が変更になって、そこから少しずつ活動的になってきました。
仕事をしているわけじゃないのに、何かしらやることがあるものです。例えば、今まで忙しくてなかなか
手につけられなかった、不用品の整理など。使えそうなものはメルカリで売ってみたり...
振り返ると何をしていたのかわからないのですが、何となく毎日結構忙しく過ごしました。

今日も、乗り換えたバイクを少しいじったり、ちょっとした調べ物をしたり、午後は病院に行ったり、
給料日だったので銀行にお金を下ろしに行ったり...こんな風にして毎日を過ごしています。

そうそう、パシュートの女子、金メダル取りましたね。やったー!!!おめでとう!!!(パチパチパチパチ)

2018.02.22 | | コメント(0) | 未分類

日常(2018/2/20)

うつ状態で現在自宅静養中ですが、明日病院に行ってきます。毎週水曜日に病院に通っています。一応2月末まで静養を要する旨の診断書を発行してもらっていて、明日は3月も継続するかどうかの相談になると思います。

昨年12月下旬に会社を休み始めた頃よりは随分元気になり、ある程度日常生活は送れるようになってきており、あまり会社を長期休暇するのも良くないとの不安は募りますが、一方で現在は大量の薬に依存していて、気分もまだ安定していません。突然イライラしたり、睡眠が不規則だったり、なんとなくスッキリしません。

3月も休むかどうかは最終的にはお医者様の判断に委ねることになりますが、私としては7対3ぐらいの割合で、あともう1ヶ月休みたいというのが、正直な心情です。さてさて、どうなることやら。

話は変わって前回バイクの話を書きましたがその続きです。エンジンかかるようになりました(パチパチ)。スロットルポジションセンサーという聞き慣れない部品の調整で改善しました。エンジンは、空気と燃料の混合気をエンジン(シリンダー)の中に送り込み、点火プラグで爆発させて、ピストンを上下させ動力(回転運動)に変換するというのが簡単な原理になりますが、その空気と燃料の混合気の割合がダメだったようです。今回の状態は燃料が濃すぎて、すなわち混合気が濃すぎて、爆発が起きにくい状態になっていたとのことでした。保証期間内だったので、無償で対応していただきました。

この空気と燃料の混合気を作る仕組みですが、昔のバイクはキャブレータという機械的な機構で行われていましたが、最近(2000年ぐらい以降)のバイクは、FI(フューエルインジェクション)という電子制御方式に変わっていて、様々なセンサーが様々な状態を判断し、最適な混合気を作り出す仕組みになっています。私のバイクも一応FIなのですが、初期モデルなので、そこまで精密ではなく、キャブとFIの中間みたいな性格です。通常FIにはチョークは付いていない(必要がない)ものですが、私の車体にはチョークが付いていてある程度マニュアル操作が必要になる車体でした。FIなのに、キャブ車みたいな感覚です。何れにしても、割と順調にエンジンが始動するようになったので一安心です。

とりあえず、エンジンが始動するようになって、走れるようになったのは良かったのですが、ニュートラルになかなか入らないという新たな問題が。バイクは、左手でクラッチレバーを握って、左足でシフトペダルを上げたり、下げたりしてシフトチェンジします。自動車で言うとマニュアル車は左足でクラッチを踏んで、シフトレバーでシフトチェンジをしますがそれを左手と左足で行います。停止時(アイドリング時)は、クラッチを切っておく必要があります(そうしないとエンストします)が、バイクのクラッチレバーは左手なので、停止中ずっとクラッチレバーを握っておくのには相当の握力というか、握力の持久力が必要になります。教習所では、停車時も1速に入れて、クラッチレバーを握ったままにしておくという指導を受けるのですが、一般道、特に交差点の多い繁華街だと、停止中ずっとクラッチレバーを握っているのはすごく大変です。そこで、通常停車直前にクラッチをニュートラルに入れて、左手を解放し疲労を軽減するのが一般的です。しかし、ニュートラルに入らないのです。購入店で相談したところ、Ducatiは仕方がないとのこと、特にバックステップ(標準よりステップ位置を後ろにするカスタマイズ)にカスタマイズされていると、クラッチとの相性もあって、余計にニュートラルに入らない症状が出るそうです。こちらは諦めるしかなさそうです。やれやれ、握力を鍛えるか、慣れるしかないか。ちなみに、国産車特にホンダなんかは、簡単にニュートラルに入ります。



2018.02.20 | | コメント(0) | 日常生活

近況報告

随分間が空いてしまいましたが、久しぶりの更新です。

排便障害は相変らず。変な時間(夜中が一番困る)に突然もようしてトイレに駆け込んだり、いつの間にかパッドが汚れていたりです。なぜかラーメン(中華麺系)を食べると下痢してしまい、何度もトイレに駆け込むことも。もう術後3年以上経過しているのできっとこの先も「あまり変わらないんだろうな」と諦めています。次回の検査は6月か7月ぐらいですね。

話は変わって、ガン保険の一時金で、ガキの頃から欲しかったバイクの免許を取得し、バイクライフを楽しんでいます。50の手習ですが、免許を取得してしてから、もう2年半以上経ちました。立ちゴケや走行中の転倒にもめげず、乗り続けています。

最初はカワサキのバリオスⅡ(250cc)、次にホンダのVTR1000F(1000cc)、そしてつい先日ドゥカティのMonster S4(916cc)に乗り換えました。いずれの車種も中古ですが、憧れのドゥカティです。自分の中ではかなり盛り上がっていたのですが、納車された翌日エンジンがかからず、バッテリが上がってしまう始末。この先どうなることやら不安です。
(ガンの話題というより、今後はバイクのの話題の書き込みになりそう...)

またまた話が変わって、術後いろいろなことがありました。兄が他界し、その後父が他界し、長女が2年契約でフランスの大学の講師になり遠い異国の地に巣立っていったり、今年の4月からは次女が社会人なり、こちらも家を巣立っていきます。淋しい!!

私の仕事(特に人間関係)もなんだか大変でとうとううつ状態になってしまいました。昨年より12月の下旬から自宅静養を医者から命じられ、今日現在も静養中でグダグダとした日々を過ごしております。

さてさて、私の人生はどうなることやら。

2018.02.12 | | コメント(0) | 未分類

«  | ホーム |  »

プロフィール

茜丸

Author:茜丸
性別:男性
年齢:55歳
家族:妻と3人の子供
仕事:会社員
住居:東京

2014年7月に直腸ガンの手術をして、その年の10月にストーマクローズ。ステージ1だったので、抗癌剤治療もなく、術後、3カ月、半年と検診の間隔も開いていき、今では1年に一回の検診になっています。排便障害が3年以上経った今でも少し残っていてストレスになっていますが、生きています。

アクセスカウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR